『科学で読み解く笑いの方程式』 なぜ布団は吹っ飛びがちなのか?

最近、一番笑ったことは何ですか?

自分は2021年のM-1グランプリかもしれません。ちょっと賢い感じの真空ジェシカの漫才が一番ツボにはまりました。

「笑い」って不思議です。面白いと思ったことは確かなのですが、なぜ面白いのか後から聞かれるとわからないことも多いですよね。「布団が吹っ飛んだ」という駄洒落は、確かに面白いのですが、「なんで面白いの?」と言われて正確に答えられる人はいるでしょうか? 

布団が吹っ飛んだという荒唐無稽な情景と、「ふとん」と「ふっとん」で韻を踏んでいることが面白い? それは「布団が吹っ飛んだ」という文章の解析であって、なぜ笑えるのかという問いに対する答えにはなっていません。

『科学で読み解く笑いの方程式(上下巻)』はそんな不思議に満ち溢れた笑いという現象を脳科学的に解き明かそうとした意欲的な本です。

……そう紹介すると、非常に難しい本のように思われますが、脳科学に精通していない自分のような人間にもわかりやすいようにやさしく書かれています。

筆者が考える笑いに関する仮説に基づいて、笑いが起きる場面や状況について解説を加えていくという構成になっており、論文というよりはエッセイに近い読み心地になっています。上下巻に分かれていますが、文章量が多いわけではありません。ざっと2時間ぐらいあれば読了できてしまうのではないかと思います。

さて、本題に移りましょう。筆者である小林先生は笑いという現象が起きるときに脳でどのような変化が起きているか説明しています。

笑いが起きたときには結果的に「緊張の緩和(交感神経系優位から副交感神経系優位)」になっている

交感神経とは怒りを覚えたり、恐怖を感じたときなどに優位になる”緊張”の自律神経です。体を激しい運動に耐えうる状態にするためのアクティブなモードであると言えます。

一方で副交感神経は体を休める状態にするときにある”緩和”の自律神経。寝床についたり、お風呂に入ったりするときにこの自律神経が優位になります。

笑いが起きているときに交感神経優位から副交感神経優位になっているということは、体が臨戦態勢から休憩モードに移行している、ということ。フリとオチであったり、ボケと突っ込みであったり、確かに笑いというのは緊張する場面とそれが解消される場面で構成されているように見えます。

ただ、この緊張の緩和理論というのは笑いを説明する現象として大変有名な説です。自分はダウンタウン松本人志さんがそんなようなことを言っていることを見たことがあります。小林先生によるとドイツの哲学者、カントも同じようなことを言っていたのだとか。要するに、脳科学的な調査をしなくとも経験的に何となく当てをつけていた人がいたのです。大変賢い。

「緊張の緩和」では既存の説をなぞるだけになってしまうので、小林先生はそこからさらにもう一歩踏み込みます。

緊張、緩和がキーになっているのはわかりましたが、すべての緊張→緩和が笑いにつながっているわけではありません。例えば、仕事で疲れて家に帰った時なんかは安心の笑いを浮かべることはあるかもしれませんが、爆笑はしないです。「布団が吹っ飛んだ」が緊張の緩和だと言われてもいまいちピンときません。笑いになりやすい情報と笑いになりにくい情報の違いはどこにあるのでしょうか?

小林先生は、「不確定性の高い情報が連合したとき」に笑いが起きるという仮説を提示しています。要するに、「関連がないように見える情報が、関連が見いだせたとき」に笑いは起きるというのです。

これは既知の情報に対して我々が好感を持ち、未知の情報に対して警戒心を抱くという認知心理学的な知見に基づく仮説です。知らないおじさんを不気味に思う人は多いですが、親友と会って緊張する人はいないですよね。「何だかよくわからないもの=交感神経を高める情報」で「よく知っているもの=副交感神経を高める情報」であるので、よくわからないものがわかったものの仲間入りをするときに笑いが生まれるようです。

そのように考えてみると、「布団が吹っ飛んだ」という類のだしゃれはどのように解釈できるのでしょうか。

小林先生曰く、だじゃれは

基本は意味認識による共感型認知の笑いだが、どちらかといえば「しょうもないことを言った」という事実認識による創作型認知の笑いになることが多い。

こんなに難しく説明されるとあわわな感じです。だじゃれのベースは同じ語呂の言葉がうまい具合に繰り返されていることによって起きる意味的な笑いです。「ふとん」と「吹っ飛ぶ」は通常であれば結びつかない情報ですが、だじゃれとして一つの文に収まることにより2つの言葉の音が似ていることに気づかされます。その時に、「ふとんが吹っ飛んだ」という一見すると意味不明な文が、解釈可能な形態として現れ「そういうことだったのか」という笑いが生まれます。

さらに、メタ的には大の大人がそんなくだらないことを言っているという状況(=事実)自体を認識することによりよって「目の前の人」と「だじゃれの内容」というかけ離れていたものがつながって笑いになる、ということみたいです。

『科学で読み解く笑いの方程式』。さくっと読めて、笑いに関して一家言持てちゃうお得な本です。

それにしても、「布団が吹っ飛んだ」でこんなに文章を書くとは思いませんでした……!