『サボる哲学』 アナーキストから見た日常

『サボる哲学 労働の未来から逃散せよ』という本を読みました。哲学と銘打った本ですが、内容は思想書ではなく著者が日常を過ごす中で感じたことをつづっていくエッセイです。文体もかなり軽め。

この本を書いたのは、栗原康先生という人。大学の非常勤講師を務める新進気鋭のアナキストです。アナキスト=無政府主義者というとホームレスみたいな格好した小汚いおっさんを想像しますが、栗原先生は……

栗原 康 | 教員&スタッフ紹介 | 東北芸術工科大学文芸学科|小説・評論・漫画・編集

あらやだ、イケメン……! 魂を抜かれた福山雅治といったところでしょうか。働かなくとも女性のヒモとして生きていけそうです。

そんな栗原先生が著した『サボる哲学』、「人は皆、労働をやめるべきである。」という衝撃的な引用からスタートします。労働とは「時間による支配」であると豪語する栗原先生にとって働くことは隷属することと同じことなのです。

ワークライフバランスや週休3日、ベーシックインカムやFIREなどの話題が取りざたされる今、「働かない」という選択肢は割かしホットな話題なのではないでしょうか。働くこと=当たり前のことという価値観は昭和の古い価値観として淘汰される日もそう遠くはないのかもしれません。

本書で自分が気に入っているのは第4章の「海賊たちの宇宙技芸――たたかうべきだ、逃げるために」という章。突然ラカムというイギリスの海賊の話が始まったかと思うと、いつの間にかに話がコロナに変わり、最終的には海賊たちが資本主義に立ち向かった英雄だという結論に落ち着く……飛び道具満載のサーカスのような章です。

たぶん、詳しく見ていくと、めちゃくちゃな部分は多いと思うのですが、「そうだ」と思わせてしまう勢いがすごい。

真に海賊らしい海賊はジョン・ラカムだ。栄光なんていらない。男らしさなんていらない。はたらきたくない。楽して略奪したい。そのための技術を発明していく。「意気地なし、いじめっ子」。商船を襲うにしても正面からはいか ない。イギリス船を襲うとしたら、こちらもイギリス国旗を掲げてちかづいていく。そして無防備な相手のまえに踊りでて、とつぜん国旗をおろし、海賊旗を掲げてヒーハー。さけび声をあげながら敵船にのりこむ。敵はもうびっくら仰天。なにもできずに降参だ。

海賊というと独裁的な船長の元で多くの船員たちが奴隷のようにこきつかわれているというイメージがありますが、実際は商戦で働いていた船長と水夫の関係の方がそのイメージに近いのだといいます。海賊たちの社会は上下関係を重んじる階級社会ではなく、むしろ、そのような社会に辟易した人々が生み出した相互扶助の原理による社会だったのだとか。

だから、お互いに使役したりせず、働きたいときだけ働くという自由な暮らしをしていたのが海賊のようです。海賊たちの生活がうらやましいなんて思うとは夢にも思いませんでした。

本書の後半に登場するブラック・ライブス・マターに関する考察もなかなか興味を惹かれました。

奴隷としてアメリカ大陸にやってきた黒人は社会からの収奪を受けた究極の存在なのですが、そんな黒人が起こした暴動に栗原先生はある種の未来のようなものを見出しています。

客観的にみると、BLM運動について若干美化しすぎな印象も受けますが、なるほどなと思わせる記述もあり読んでみると面白いです。

というわけで、栗原先生の『サボる哲学』。ちょっと刺激的なものが読みたい人にはうってつけの本だと思います。