深夜にトゲピーの鳴き声聞いたら爆笑した

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まずは見てください。

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子どものころは何となく聞き流していましたが、改めて聞くと破壊力抜群でした。しゃべってるっていうのか、これ? わめいているっていう表現の方が近いんじゃ……

トゲピーの鳴き声「ちょぎ、ぷりぃぃぃぃ↑↑」ですが、不思議に満ち溢れています。赤ん坊の泣き声に巻き舌使ってるのが斬新すぎます。

アニメ版のポケモンの鳴き声は、ポケモンの名前に由来することがほとんどです。例えばピカチュウの鳴き声は「ピ」「カ」「チュウ」で構成されています。主人公の「サトシ」を呼ぶときは「ピカピ」、力を溜めて10万ボルトを発動するときは「ピ~カ~チューー!」。由来は誰が聞いても明らかに「ピカチュウ」です。

トゲピーの「ちょぎ、ぷりぃぃぃぃ↑↑」はどうでしょうか。確かに「トゲピー」の面影が残っていないわけではありません。イントネーションは「トゲピー」っぽいです。ですが、トゲピーいうワードからこれが出てくるか、普通? 「ピー」というかわいい部分を使用して「ピィピィ」言わせておけばいいものの、「ぷりぃぃぃぃ↑↑」ですから。ドイツ語的な美的センスを感じます。クフゥゲルシュライバッ(迫真)

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そもそも、ポケモンが自分の種族を表す名詞で鳴くっていうのも変です。イヌが「イヌッ! イヌッ!」って吠えているようなもんですからね。

もしくは、鳴き声を名前にしたとも考えられます。「ピカチュー」と鳴くからピカチュウと名付けたのであれば、ピカチュウがピカピカ言っててもおかしくないです。実際、俺たちの世界でも「ワンワン」「にゃんこ」などのように鳴き声基準で動物を呼ぶことはあります。

ただし、それは幼児語です。この説を受け入れると発見者のオーキド博士のネーミングセンスが幼稚園児並みだということになってしまいます。「こいつは"ちょぎ、ぷりぃぃぃぃ↑↑"と鳴くから”トゲピー”じゃぁぁ!」。彼は研究者としてそれで満足なのでしょうか。

ポケモンの世界の慣習(?)にも原因はあるかもしれません。彼らはなぜか自分が連れているポケモンに固有名をつけようとしません。もう20年以上長い付き合いのピカチュウをサトシはなんと呼んでいますか? 

「こいつは俺の相棒、ピカチュウ!」

ピカチュウはイヌやネコと同じ、種族を表す普通名詞です。「俺の友達は人間!」って言っているのと変わりありません。妖怪人間ベムかお前は。

もちろん、ポケモンの世界にはポケモンの世界の文化がありますから、俺たちの世界の定規で測るということ自体が野暮な行為です。幸いなことにサトシは2匹以上のピカチュウ保有していないですから「サトシのピカチュウ」という言い方でほかのピカチュウと差別化ができます。所有者が自分で勝手に名前を付けないというのは、ある意味では生き物の意思を尊重しているとも考えられます。

ともあれ、そのようなむやみやたらに名前を付けないという暗黙の文化があるからこそ、オーキド博士もオーキドネズミ、オーキドエッグなどの無粋な名前を付けずに誰もがわかりやすいように鳴き声をもとにした名前を採用したのかもしれないです。

zukan.pokemon.co.jp

久しぶりに見たら、トゲピーがフェアリータイプなるタイプに分類されていました。俺がポケモンやってた頃はノーマルだったのに……。でも、考えてみると「ちょぎ、ぷりぃぃぃぃ↑↑」って鳴いているポケモンがノーマルなわけないですから、この分類は妥当ですね。

 

今日からお前が住むの、TOKYOな? 『寡欲都市TOKYO 若者の地方移住と新しい地方創生』

寡欲都市 ――TOKYO 普段はあんまりタイトル買いというのをしない俺が、久しぶりにタイトル買いをしました。かっこよくないですか? マルノウチスゴイタカイビルとかありそう。

ちょっとSF寄りの本なのかなと思ったら、全く違いました。これは若い人の価値観の変容とそれに伴う東京という都市の魅力を再考する本でした。

著者の原田曜平さんは若者の消費動向について詳しい元博報堂のリサーチャー。ググったらワタナベエンターテインメントに所属してました。見た目も芸人さんみたい。

www.watanabepro.co.jp

なんでも「さとり世代」とか「マイルドヤンキー」とか言った言葉を考案したお方なのだとか。最近よく見かける「チルい」という言葉を広めたのもこの人っぽいですね。超チルいですね(←わかってない)

この本の内容を要約するとするならば、こんな感じです。

「若者の価値観はすでに上昇志向から現状維持志向にシフトしている。これは先進国の若者共通にみられる現象である。そのことを踏まえると、東京という都市はニューヨークや香港などの一流の都市と比べれば見劣りするものの、居心地の良さや住みやすさの面で若者にとっては魅力的な都市であるはずだ。少子高齢化が避けられない日本においては人口減少を受け入れて経済規模を縮小していくか移民を受け入れて経済活性を行うかのどちらかの選択肢を取らなければならないが、”ちょうどいい街”として東京をアピールすることによって東京に海外からの移民を流入させ、日本の現状を維持していくことを私は提案する」

我ながらコンパクトにまとまったな、と思います。この文書読んでもらえれば、本の内容は大体網羅できてます(過信)。読みやすい本なので、中身が気になった人は読んでください。

この本では、東京をコスパのいい街として紹介しています。治安がいいし、物価もアメリカや中国の大都市に比べれば高くない。おいしいものたくさん、土地も安い。おまけに娯楽もそろってる。みんなおいでよ、TOKYOの街。

東京圏に住んでいる一市民としては、聞いていて悪い気はしない話です。日本ではひどいデフレが起きている、平均賃金が下がっていると悪いニュースばかり耳にする最近ですが、確かに生活実感としてそこまで貧困が身に迫っている感じはしないです。探そうと思えば安いものがいっぱいありますからね。

若者が上昇志向をなくし、「それなり」を求めているというのも頷けます。若者の消費傾向が専門の方ですから、そこらへんは詳しく解説されています。サステナビリティという言葉が流行ったり、中国で寝そべり族なんかが現れたりしているのもその影響だと考えられます。ベーシックインカムもその価値観の延長線上にあるのかもしれません。

自分を若者というのは少し憚られますが、実際自分もそんな感じです。バリバリ働いて管理職につくとか全然面白くなさそうです。週休二日、定時退社、ストレスフリーな職場万歳人間です。

このような社会の価値観の変化を原田さんは「成熟社会化」という概念で説明しています。

「成熟社会」とは、イギリスの物理学者ガボールが1972年に著した『成熟社会』から転用された言葉です。その定義を意訳すると「量的な拡大を目的とした経済成長や大量消費を主眼とせず、精神的な豊かさや生活面での質の向上を最優先させるような平和で自由な社会」。これは「居心地最優先」の、今の日本やアメリカや中国の若者の志向と酷似してはいないでしょうか。

成熟社会化は経済成長のステージが終わった国で進行すると言われています。同様に〝居心地の良さ〟を求める若者も、経済成長が和らいだ国から順番に増えていっているのではないか。私はそれに気づきました。

そのような価値観の若者にとっては夢と欲望渦巻くロサンゼルスや香港のような街は"居心地が悪い"のだと言います。賃金の高さと引き換えに、激しい競争社会の中に放り込まれてしまうのですから。

そうとなれば、地方に人が移住しそうなものですが、若者はそうはしないと原田さんは言います。地方は人がいなさすぎ、かつコミュニティが閉鎖的過ぎて若者にとって”居場所がない”。結局、それなりににぎわってる場所に落ち着くのだと結論付けています。

そんな街が……

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ゆえにTOKYOの魅力を適切に発信することができれば、海外からどんどん住みたいと思う若者がやってきて、TOKYOはもっと進化していくのだぁぁ!

……若者の価値観が変わっていっていること、東京が割と住みやすい街だという2点に関しては俺は賛同しますが、最後の移民についての部分についてはちょっと首をかしげます。確かに東京は日本の若者にとっては住みやすい街かもしれませんが、海外の若者にとって住みやすい街でしょうか?

確たる資料がないので、推測でしかないのですが、日本に来た移民がまず直面するのは日本人の排他的な集団意識でしょう。アジアからの移民は特に。

彼らに与えられる仕事がコンビニのレジであったり、飲食店のウェイターであったりすることからそれがうかがえます。アメリカやカナダなどの移民大国とは異なり、日本は外国から来た人を社会の中枢に入れようとはしません。「お客様は大歓迎、でもあなたは入れるのはここまで」というのが移民の受け入れに対する人々の意識なのではないでしょうか。そんな社会が"居心地のいい社会"だと感じられるとは考えにくいです。いくら暮らしやすくても誰だって玄関先で暮らしたいとは思いません。

もちろん、著者にもその意識がないわけではなく、その点を課題だとしつつも、今の若者は昔の人に比べ寛大だから大丈夫、と主張していますが、明確な根拠があるというわけではなさそうです。

東京の魅力を紹介する前半、若者の価値観の変容を説明する中盤に続いて、後半には移民に関する話題がちらほら登場しますが、ここは唐突……というよりなんとなくポジショントーク的な意味合いが強くなっていると思います。特に、「安い労働力として移民を受け入れろ」と記述している点に関しては今までの主張をひっくり返しているようにさえ感じられます。

東京のコンビニやファストフード店、ファミレス、ファストファッションチェーンなどでの外国人店員の多さは、見ての通り。彼らが安価な賃金で労働力を提供してくれるからこそ、あの品質であの低価格が実現できている。そのことを我々はもっと認識すべきです。

魅力的な東京はどこに行ったのでしょうか。魅力的な街だと喧伝しておいて、やってきた人々を低賃金で働かせるという発想はともすれば、詐欺行為です。

もちろん原田さんも意図的に搾取しようとして言っているのではないとは思います。現状、移民が就いている職業というのは社会のルールを決めるような中核的な職業ではなく、社会を支える周縁的な職業です。だからこそ、日本に移民がやってきて起業したり法律を変えたりという姿をリアルに表現できなかったのではないでしょうか。

現状だと、欧米諸国のように移民を受け入れて経済規模を維持するというより、原田さんが「美しい縮小」と呼ぶ経済縮小の未来の方が無難な選択肢なんじゃないかと俺は思います。「ほどほどを受け入れよう」という若者の価値観にも合致してます。

「移民を適切に受け入れた日本」というのは非常に夢があって、ものすごく面白そうなビジョンです。だけど、今の段階だとまだまだ「SFチック」ですね。

 

『浅草キッド』の感想 柳楽優弥さんの演技がすごい

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Netflixで『浅草キッド』を見ました。師匠である深見千三郎との思い出を描いたビートたけしの小説が原作のドラマで、基本的にはビートたけしの回想という形で物語が進んでいきます。

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脚本・監督はなんと劇団ひとり。すでに一度ドラマ化されたことのある原作ですので、ベースとなるものはあるのでしょうが、せりふ回しにうまいなと思わせる部分が多かったです。

見どころはビートたけしを演じる柳楽優弥さんの演技。しゃべり方から体の動かし方までビートたけしそっくりで驚きました。といっても、若いころのビートたけしなんて俺は知りっこないので本当にそんな感じだったのかは知らないですが……。でも、ぴくっと左瞼動かす動作とか、首をかくっとさせるところとか、違和感なく劇の中に溶け込んでいるんですよね。若いころはこんなんだったんだろうなと思わせるような説得力があります。

動きに癖があるとキャラクターが引き立っていいですね。人の顔を覚えるのが苦手な自分はドラマを見ていると「あれ? この人誰だっけ?」となってしまいやすいのですが、『浅草キッド』ではそんなことは起こりませんでした。どの登場人物もきちんと描きわけがされていてすごいなと思ってしまいました。

ビートたけしを完全に模倣している柳楽優弥さんに対して、もう一人の主人公、深見千三郎を演じる大泉洋大泉洋でした。深見千三郎さんの顔や姿を知らないのでもしかしたら深見千三郎に寄せていたのかもしれないですが、大泉洋成分が濃すぎて、大泉洋だとしか脳が認識してくれなくなります。

そんなもんですから、劇中頻繁に登場する「浅草の深見」というワードを聞くたびに「いや、お前は北海道の大泉だろ」と突っ込んでしまいました。

エンディングでキャストに土屋伸之という名前があるのを見て、思わずスクロールバックしてしまいました。なんかナイツの土屋さんみたいな人いるなと思っていたらマジで土屋さんでした。ビートたけしの相方であるビートきよしを演じていらっしゃいます。違和感ありませんでした。特に漫才やっているシーン。見返してみると、間の取り方がプロですね。

ビートたけしの回想形式なので描けなかったのでしょうが、深見千三郎が芸人を目指したきっかけが気になりました。芸人として生きることに誇りを持っている深見さんですがこの人の下積み時代はどんなことを思って生きていたのだろうと勝手に妄想したくなります。

ちなみに、深見千三郎大泉洋と同じく北海道出身らしいです。おんなじ北海道だから、もう、同一人物でいっか、なんて。

牛乳は低温殺菌法の方が風味がいいらしい……のか? 『誰も調べなかった日本文化史 ――土下座・先生・牛・全裸』

パオロ・マッツァリーノ"先生"が著された『誰も調べなかった日本文化史 ――土下座・先生・牛・全裸』という本を読みました。

主に新聞資料を基に文化史に関して書かれている本で、扱われているトピックが土下座、全裸、キラキラネームなど面白いものばかり。言い回しにややひねくれた感じが感じがあってそこは好みが分かれるところだと思いますが、俺は好きです。

ところで、この「パオロ・マッツァリーノ」というのは実在の人物なのでしょうか? 著者のブログのプロフィールには以下のように書かれていますが……

イタリア生まれの日本文化史研究家、戯作者。公式プロフィールにはイタリアン大学日本文化研究科卒とあるが、大学自体の存在が未確認。父は九州男児で国際スパイ(もしくは某ハンバーガーチェーンの店舗清掃員)、母はナポリの花売り娘、弟はフィレンツェ在住の家具職人のはずだが、本人はイタリア語で話しかけられるとなぜか聞こえないふりをするらしい。ジャズと立ち食いそばが好き。

pmazzarino.blog.fc2.com

かなりでたらめです。……というより「イタリア生まれ」というところを含めすべてでたらめでしょう。日本人の学者さんがペンネームとして使っている名前だと思います。

そんな正体不明のマッツァリーノさんが書いたこの本。読んでいて面白かったのは第八章「疑惑のニオイ」という章です。

植物油でできているコーヒーフレッシュは変な風味、という話題から始まり、そもそも日本の牛乳も風味がよくない、と論が進んでいきます。

著者は日本の牛乳が"臭い"原因は、各メーカーの採用している殺菌方法にあるといいます。

現在、牛乳の殺菌方法として採用されているのは「低温長時間殺菌」「高温短時間殺菌」「超高温瞬間殺菌」のいずれかであり、国によってどの殺菌方法が使用されているのかはまちまち。

nyukyou.jp

日本では「超高温瞬間殺菌法」を採用しているメーカーが多く、この「超高温瞬間殺菌法」を使用すると、牛乳の風味が損なわれてしまうのだとか。具体的には、生乳を80度以上に熱すると加熱臭というニオイが発生してしまい、120~130度の高温で殺菌する超高温瞬間殺菌法では、否応なしにその加熱臭が出てしまうのです。

牛乳好きの俺としてはこの時点でちょっとショックでした。普段飲んでいる牛乳を臭いと思ったことがないからです。「美味しんぼ」の山岡士郎がいたら「俺が本物の牛乳を飲ませてやりますよ」と言うでしょうね。

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ちなみに、雪印が販売している「酪農牛乳」の殺菌方法を調べてみたら、「130℃ 2秒間」と書かれていました。超高温瞬間殺菌法で間違いないです。

牛乳の殺菌方法として「低温長時間殺菌」を採用するか「超高温瞬間殺菌」を採用するかは紆余曲折があったようで、日本も最初は「低温長時間殺菌」を採用していたころがあったみたいです。

しかし、牛乳の生産をコストダウンしたいというメーカー側の思惑もあり、処理に時間がかからず、保存時間も長くなる超高温の殺菌法の方を採用したのだとか。風味とコストはトレードオフの関係にあるみたいですね。

でも、牛乳って臭いかなぁ……? 小さいころからジャパンの牛乳に慣れ親しんでいた俺としては納得いきません。ネットの海を漂っていると著者の主張を裏付ける研究があることを発見。文化史的なところはもちろん書かれてはいませんが、牛乳の風味に関する言及は本に書かれていることと大体一致しています。

www.jstage.jst.go.jp

まとめると、低温殺菌の方が牛乳はさらっとした味わいになり、においも少なくなるとのこと。超高温殺菌の方が臭い≒においが強いは事実みたいです。

ただし、超高温殺菌はにおいが強くなる一方で、甘みや濃厚感が強く感じられるようにもなり、総合的な好みとしては超高温殺菌牛乳の方に軍配が上がっています。慣れ親しんだ味の方がおいしく感じられるということでしょう。(カスタードプリンを作るときには低温殺菌法を採用した牛乳を使用した方がなめらかな触感になるという面白い結果も出ています)

よかった、俺の味覚もまだまだ捨てたものじゃないな、と安心したはいいものの、やっぱり低温殺菌の牛乳が気になってしまいます。

調べてみると、「タカナシ低温殺菌牛乳」というのが国内では一番有名な低温殺菌牛乳っぽいです。近くのスーパーには残念ながらなかったけど……

www.takanashi-milk.co.jp

最後に、海外だと本当に低温殺菌牛乳が主流なんだろうか……と疑問に思って調べてみると、アメリカやイギリスなどでは大体そうみたいです。超高温殺菌されているものはロングライフミルクとして常温で売られているとか。

ただし、保存期間が短く、処理に時間がかかる低温殺菌がメーカーにとって負担になりやすいというのも事実らしいです。アメリカの乳業メーカーについて書かれている以下の記事では、なんと低温殺菌法のコスパの悪さから植物由来の代替ミルクにシフトするところが増えているとの報告が!

diamond-rm.net

ここで言う植物由来のミルクは、さすがに日本で作られているフレッシュミルクみたいなテキトーな代物ではなく(あんなのをがぶ飲みしたら死ぬ)、アーモンドミルクやソイミルクなどを想定しているようです。確かに最近よく見かけますね。オルタナティブミルク市場は今後激戦区になっていくのかもしれません。

低温殺菌の牛乳のおいしさが評価されてスーパーに売り出されるよりも先に、超うまいアーモンドミルクが登場する方が先かもしれません。もしそういう風になったら今度はアーモンドの搾り方によって風味が違ったりして、論争が起きちゃったりして……

「やれやれ、本当のアーモンドミルクを飲んだことが無いようだ。明日またここに来てください、本当のアーモンドミルクを飲ませてあげますよ」

 

 

俺に70円しかくれなかったPayPayが憎い

俺には今日、楽しみがありました。

これです。

paypay.onelink.me

一口最大10万円が当たっちまう、超太っ腹なお年玉くじです。マイナンバーカードを登録しなければならないといった縛りはありますが、基本プレイ無料です。当然ながら、課金要素はありません。

「10万円があたる!」という直感的確信が俺にはありました。

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だって、ごらんなさい。キャンペーンページにイメージキャラクター(?)として使われている女の子だって10万円が当たる前提で話を進めているじゃないですか。1等が10万円のくじを引いたら、10万円が当たるものなのです。

さらに、このぺーぺーのお年玉には人々に1等が当たると思わせる巧妙な仕掛けが仕込まれています。

それが何回も引けるという点。マーナンバーカードを紐づけたり、キャンペーンページにお参りしたりすることで引ける回数がどんどん増えていくのです。

血のにじむような努力(休みがちでしたが)によって、俺は今日までになんと45回もくじを引ける権利を手に入れました。45回引けば、45回1等が当たるはずなので、単純計算で450万円の利益になる……はずでした。

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どうやらくじを10回一括で引くというオプションがあるようでした。45回ボタンを押すのは骨がいるので、運営が用意してくれた10回連続ボタンで10回連続1等を引いて見せるとしましょう。緊張の一瞬です。

結果は……

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「おめでとう あなた今回10円 PayPay残高を獲得!」

俺は屈辱を覚えました。ちょっとカタコトっぽい文章に、10円という人を馬鹿にしたような金額。画面下部に配置されているオーバーオール天パメガネの「イェイ」というセリフが煽り文句に見えてきます。こ……殺してやる!

その後も、合計4回くじを引きましたが、結果はほとんど同じでした。10円、10円、30円、10円……合計金額は70円です。ブラックサンダーが2つ買えるぞ、イェイ!

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もしリアルの世界にお年玉70円しかくれない親戚がいたら、俺はきっと殺人者になっていたでしょうね。よかったな、PayPay、俺の親戚じゃなくて。

冗談はさておき、0円でエントリー出来て、ほどよい期待感とともに毎日を過ごすことができました。結果は残念ですが、損したわけじゃないし、むしろ得したのでPayPay様様です。

はずれはしましたけど、「もう少し遅いタイミングでくじを引いたら、10万円あたってたのかなぁ」なんて妄想しちゃいます……

あなたの町は隣町よりも住みやすい街なのか あなたの街の戦闘力

 

俺の実家は千葉の若葉区というところにあります。

千葉市」といえば都会っぽく聞こえますが、「若葉区」です。「どこだそれ?」と思った方、正解です。若葉区千葉市の中では最も地味な行政区で、他県からの知名度はほぼゼロなのです。有名なものが縄文時代にできた貝塚なのだから仕方がない。

さて、そんな若葉区(笑)ですが、彼には千葉県内の最下位を競うライバルがいます。

緑区(笑)です。さいたま市緑区ではありません。いや、さいたま市緑区と間違えてもらっても別に構いませんけど。

緑区若葉区は他の行政区に千葉市のすべてを持っていかれてしまいました。幕張メッセ海浜公園、静かでおしゃれな住宅街……。残ったのは果てしない自然。我々はそれを2人で分かちあうことにしたのです。若葉と緑……暗にここには「何もない」と言われているような気さえします。

そんな環境で育った俺ですから、「本当のところ、若葉区(笑)と緑区(笑)はどちらが素敵なところなんだろう」とよく考えていました。

若葉区出身の俺に言わせれば間違いなく若葉区だと答えるし、緑区出身の誰かに聞けばきっと緑区だと言い張るはずです。

三者の意見はないか……とネットの広大な海を漂ってみたところ、面白いものを発見しました。

スマイティの住みたい街ページです。

sumaity.com

スマイティによると、俺の街の戦闘力(住みやすさ)は2.99。住みやすさの全国平均値である3.00をわずかに下回っています。

ライバルの緑区はというと……3.55! 負けました。おんなじ緑色系ネーミング区なのに、どうして……!? というか3.55という値は中央区美浜区花見川区のそれを上回り、千葉市の中で1位です。緑区、侮れません。

緑区が人気の理由を口コミから探ってみると自然が多く、人口に占める若い人の割合が高いために活気があるというのが主な理由だそうです。

一方で若葉区が不人気の理由は交通の便が悪いからというのがちらほら。区内を千葉都市モノレールが走っていますが、確かにあのモノレールの微妙な感じは元住民としても見過ごせません。懸垂式のモノレールの中では世界一長いというのが売り文句なのですが、ぶっちゃけどうでもいいです。小学生の頃は、乗るたびに「落ちたらどうしよう?」という妄想をしていました。ほとんどの場合、バスの方が安かったりします。

もちろん、若葉区緑区に後れを取ってしまった理由はそれだけではないのでしょうが……(個人的には都賀駅しか発展していないことが大きな要因かなと思います)、悔しいです。

さて、あなたの町は隣町よりも住みやすい街なのでしょうか。UIが工夫されていて楽しく街のことを知れるサイトでしたので、気になる方はぜひ比較してみてはどうでしょう。

土下座は実際、儀式魔法🙇🏻

最近、ドゲザに関する記事をよく見るのは気のせいでしょうか?

元旦の格付けチェックでの土下座の記事やナイツの2人組がロケで土下座したという記事も……

news.yahoo.co.jp

news.yahoo.co.jp

皆さんは土下座したことあるでしょうか? 機会があったらやってみたいと思うのはちょっと変ですかね。

そもそも、地面に膝をついて頭を下げるというポーズがどうして他人に許しを請うときに使われるのでしょうか。

Wikipediaの記事を見てみました。記事の内容云々の前に、ものすごくわかりやすい土下座の画像が掲載されていて笑いました。再現VTRみたい。

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さて、そんな土下座の初出はどうやら『魏志倭人伝』だそうな。今から1500年以上前から日本人は土下座していたみたいです。やったね。

www.aozora.gr.jp

大注目の原文は↑。「見大人所敬、但搏手以當跪拜」という部分です。「偉い人を見ると、跪いて拍手して敬った」みたいな感じでしょうか。

現在の土下座とはちょっと違いますね。床に手をつくタイプの土下座では拍手はできないです。

また、"偉い人に敬意を示すため"というのも今の土下座とは異なります。謝罪ではなく、敬意の表現として土下座はあったみたいです。「この紋所が目に入らぬか!」って言われて「ははー」ってなるやつですね。

そんな尊敬の土下座がどうして謝罪の土下座になってしまったのか……? これについてはよくわかりませんが、俺の仮説を紹介しましょう。相手のことを神様だと見立てて敬いのしぐさをすることにより、許しを請うことを強調してるのではないでしょうか。「あんたは神様なんだからここは一つ大目に見てよ、ね? ね?」って感じです。もし、そうだとすればこれほど神様をバカにした態度はありません。赦されることを前提で謝罪するなんて! まさに不遜です。

動物的な意味でいえば、腰を丸めて体を小さくする土下座という行為は、威嚇と逆の行為だと言えます。敵に出会った猫が毛を逆立てて体を大きくしたり、フグが水を体内に取り入れて体を膨張させたりする威嚇は体を大きくして、自分を強く見せる行為です。対する「土下座」は自分が縮こまることによって、目の前にいる相手を大きく見せることができます。相対的に相手が大きく見える状態を作ることによって「あなたは偉大です」という敬意を伝える顕示的行為なのです。

さて、そんな土下座に関して調べていくうちに、ある本で面白い記述があるのを見つけました。

極論が許されるなら、欧米は釈明の文化、日本は謝罪の文化といえましょう。

パリオ・マッツァリーノ氏が日本の謝罪文化と土下座について語ったエッセイの冒頭で述べられている一分です。

マッツァリーノ氏によると、欧米では他人から糾弾されたときに、自分に非がないことを明らかにする「釈明」をするそうですが、日本だとそのような"説明"よりもとにかく謝って誠意を見せる「謝罪」が重視されるといいます。

「言い訳をするな!」というのは学校の先生が口にする理不尽ワードの代表選手です。状況の説明がないと誰に責任があるのか明らかにならないのに、なぜか彼らは生徒の話を聞くことよりも優先して「ごめんなさい」を要求します。「話は謝ってから聞こう」って有罪判決下してから審理を開始するようなものじゃありませんか?

日本だけがそうではない、とは思いますがとかく世の中では中身そのものよりも様式美が追求されることが往々にしてあります。土下座というのはその象徴的なものでしょう。何か被害が出て、明らかに相手に非があるならば賠償金の請求が最も確実に相手にダメージを与えられて自分が得する方法ですが、土下座にしろ謝罪会見にしろ、「示談」が好まれます。

なんて不合理なんだ! と愚痴ろうとしましたが、よくよく考えてみると土下座も悪くないのかな、と思いました。だって、相手からお金や貴重品を奪ったりしてしまったら後で角が立ってしまう可能性が高いし。

だから、「とりあえずビール」ならぬ、「とりあえず土下座」で許そうという精神は結果的には平和的な社会を実現していたりするのかもしれません。

地に頭をつけて「誠にごめんなさい」を詠唱するだけで相手が心変わりする。それは、もはや儀式魔法です。

あなたも素敵な魔法使いになってみませんか? 🙇🏻